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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和51年(ワ)329号 判決

原告 金光英煥こと 金英煥

原告 金光順子こと 全万順

右両名訴訟代理人弁護士 足立昌昭

同 川西譲

同 垣添誠雄

同 上原邦彦

同 木村祐司郎

被告 タカラ株式会社

右代表者代表取締役 吉川浩二

右訴訟代理人弁護士 伊場信一

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告は、

(一) 原告金英煥に対し、金八六四万六四七五円と、内金七六九万六四七五円に対する昭和五〇年一二月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(二) 原告全万順に対し、金八一九万六四七五円と、内金七三九万六四七五円に対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  原告ら

1  事故

金仙姫(一九七四年(昭和四九年)九月三〇日生の女子)は、昭和五〇年一二月二七日午前一〇時ころ、原告ら住所地所在の自宅二階六畳の間出入口で、同所に設置、使用されていた被告の製作、販売にかかる乳幼児用防護柵(商品名「ベビーガード」。以下、本件ベビーガードという。)の最上段V字型部分(以下、単にV字型部分という。)に、誤まって自らその頸部をはさみ、窒息により死亡した。

2  被告の責任

(一) 本件ベビーガードの使用目的及び構造

本件ベビーガードは、乳幼児を柵から外へ出られなくしてその転落、外出等を防止するため、階段、窓、玄関等に取り付けるものであって、別紙第一図面のとおり、交差する木片の交差点を留金でとめて同図面左右方向に伸縮して開閉する構造で、これを最大限に開伸した場合の各部の寸法は同図面記載のとおりである。

(二) 本件ベビーガードの欠陥

本件ベビーガードは、このように、乳幼児の安全を維持するためにその親が常時介護する手間を省き、場所的危険に関する限り親の介護を不要ならしめるものとして製作、販売されたものであるから、利用者において本件ベビーガード内に乳幼児を置いておけば付き添って介護しなくても安全であると考えることが、当然に、その用法上予定されているものというべく、それ故、乳幼児がこれに近づき、手でさわったり、倒れかかったりしても、その構造上、同児に危害が生じないことを絶対的必要条件とするべき商品であって、他の乳幼児用遊具、玩具等と全く同等の安全性が要求されるべきものである。

にもかかわらず、本件ベビーガードは前記のとおりの構造であって、これを最大限に開いて使用する場合、その底辺からV字型部分下端までの高さは六三センチメートルしかなくて一歳から三歳の乳幼児の平均身長七三ないし九三センチメートルより低く、またV字型部分及び中段菱型部分の最大横幅は一七センチメートルもあって一歳の乳幼児の頭の平均直径一四・三センチメートルより大きく、一歳から三歳の乳幼児がその頭や首を入れることのできる大きさである。

この点において、本件ベビーガードには重大な欠陥があるというべきである。

(三) 被告の過失

ところで、本件ベビーガードは、前記のとおり被告の製作、販売にかかるもので、原告らが昭和四九年秋ころ訴外佐藤商店から買入し、前記場所に設置、使用していたものであるが、被告は、このような本件ベビーガードを製作、販売するにあたり、通常の用法の下では乳幼児に危害が生じないような構造のものとして製作、販売するべきであったのにこの注意義務を怠り、前記重大な欠陥を看過して製作し、また販売にあたって、何ら危険防止のための注意表示をしなかった過失により、亡金仙姫をして前記事故に至らしめたものであるから、不法行為責任として、いわゆる製造物責任を負うべきである。

3  損害

(一) 亡金仙姫の損害

(1) 逸失利益 金八七九万二九五〇円(計算の基礎)

A・年収 金一〇五万二〇四〇円(これは、昭和四九年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計の女子労働者一八―一九歳の賃金額を一・二倍した額である。)

B・生活費控除 五〇%

C・ホフマン係数 一六・七一六

計算式

A×B×C=八七九万二九五〇円

(2) 死に至る苦痛に対する慰藉料 金二〇〇万円

(3) 原告金英煥は同女の父、原告全万順は同女の母として右損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続した。

(二) 原告金英煥の損害

(1) 葬祭費 金三〇万円

(2) 愛児死亡による精神的苦痛に対する慰藉料 金二〇〇万円

(3) 弁護士費用 金九五万円

(三) 原告全万順の損害

(1) 右同慰藉料 金二〇〇万円

(2) 弁護士費用 金八〇万円

4  よって、原告らはそれぞれ被告に対し、右損害合計額と、うち弁護士費用を除いた額に対する本件事故の翌日である昭和五〇年一二月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

5  (被告の主張について)

(一) 亡金仙姫の身長は七五センチメートルであり本件ベビーガードの最上部までは八九センチメートルであるから、そのままでは同児が首をはさむことは考えられない。しかし、同児がV字型部分に首をはさんで窒息死したという事実から推論すると、同児は本件ベビーガードの下部に足をかけ、上へ昇ろうとしていて誤って首をはさんだものと考えられる。

(二) 事故当時、亡金仙姫の母(原告万順)が外出していたことは事実であるが、同人が外出後五分も経ずして父(原告英煥)が帰宅していた。両親が同時に長時間不在であったことはない。

しかも、被告は親が幼児から目を離していても危険がないことを本件ベビーガードのセールスポイントにしておきながら、他方において、親が目を離したことが過失であると主張するのは信義則に反し許されない。

二  被告

1  原告ら主張1の事実中、同主張の日時に同女が死亡したこと、本件ベビーガードが被告の製作、販売にかかるものであることは認め、その余は不知。

2  原告ら主張2の事実中、(一)は認め、その余は否認する。

3  原告ら主張3の事実中、(一)(3)は認め、その余は争う。

4  (主張)

(一) 本件ベビーガードの構造(V字型部分までの高さ、菱型部の下部が鋭角をなしている)からして、当時満一年三月の亡金仙姫が自ら誤ってV字型部分に頸部をはさみ窒息する事故は起り得ない。すなわち、本件ベビーガードの構造と亡金仙姫の死亡との間に相当因果関係がない。

(二) また、本件ベビーガードを設置していたにしても、亡金仙姫とその兄(三歳の幼児)のみを二階に放置し、身辺保護者である母が長時間外出する事自体が本件事故発生に対する重大な過失である。

第三証拠《省略》

理由

一  金仙姫が昭和五〇年一二月二七日に死亡したこと、本件ベビーガードが被告の製作、販売にかかるものであること、同ベビーガードの使用目的及び構造が原告ら主張2(一)のとおりであることはいずれも当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠省略》を総合すると、本件事案の内容として次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

1  原告らは亡金仙姫の両親であるが、被告が製作販売した本件ベビーガードを昭和四九年秋ころ購入した。

本件ベビーガードは、別紙第一図面のとおり、二センチ角の木棒を組合せてその交差点を留金でとめたもので、左右に伸縮して開閉する構造を有し、玄関口・階段口・台所口等に取付けて乳幼児が危険な場所に足を踏入れないようにするための防護柵として使用するものであり、特徴は、軽量で取扱いが簡単であること、伸縮が自由であること(それゆえに菱型部分を構成する)、取付けた際外部から内部の見通しが可能であることなどにある。

2  亡金仙姫は昭和四九年九月三〇日生の女児で、本件事故当時(昭和五〇年一二月二七日)満一年三か月、身長七五センチメートル(以下単にセンチと表示する)、体重は不明であるが成長は極めて良好であり、幾分腕白なところがあった。なお満一年から一年六か月の女児の平均身長は七五・一八センチ、頭幅一三・四四センチ、全頭高一六・七九センチ、下顎までの高さ五九センチ(身長マイナス全頭高)である。

3  本件事故当時、原告らは本件ベビーガードを自宅二階六畳の間と階段おどり場との境の幅八一センチの出入口に、階段側から見て右側を二個の蝶番で柱に取付け、左側を掛金で柱に固定した状態で使用しており、各部位の寸法は別紙第二図面のとおりであった。

そして、二階六畳の間には亡金仙姫とその兄(満二年八か月)の二人が居たのみで、原告万順(母)は外出して不在、原告英煥(父)は階下で接客中であって二階の様子に注意を払っていなかったところ、午前一〇時ころ、本件ベビーガードのV字型部分に首をはさまれて窒息死した亡金仙姫が発見された。

二  ところで、亡金仙姫が本件ベビーガードのV字型部分に首をはさまれて窒息死したことは右認定のとおりであるが、右事故の経過につき、原告らは同児が本件ベビーガードの下部に足を掛け上へ昇ろうとして誤って首をはさんだ旨主張し、被告はこれを争うので判断する。

前認定の事実のように、事故時の本件ベビーガードの取付け状態は床面からV字型部分下部までの高さが六五センチであり、またV字型部分の角度が四〇度と比較的鋭角であるのに対し、亡金仙姫の下顎までの高さが約五九センチで右V字型部分下部までより六センチ低く、また同児の頭幅が約一三・四センチあることからすると、同児が床面に立っている限りはV字型部分に首をはさむことはあり得ないものと一応考えることができ、また、発育の良好であった一年三か月の女児が、本件ベビーガードの菱型下部(角度四〇度)に足をかけてよじ昇ることが可能であるのか疑問ではある。そして、本件全証拠によるも亡金仙姫が如何なる経過によりV字型部分に首をはさまれるに至ったかは必らずしも判然としない。しかし他方、同児が自ら誤って首をはさんだことを否定するに足る証拠はなく、また幼児は時として思いがけない行動に出ることもあるので、亡金仙姫は菱型部下部に足をかけるとか、背のびをして顎をあげる等したはずみに、自ら誤ってV字型部分に顎部をはさみ窒息死するに至ったものと認めるのが相当である。

三  次に、原告らは亡金仙姫の死亡は本件ベビーガードの構造上の欠陥、もしくはその適正な使用方法を表示しなかったことに基づくものであり、被告にはその製作者として、いわゆる製造物責任がある旨主張するので判断する。

一般に、物の製作者が、その製品によって他人の法益を侵害することのあるを予見し得るのに故意又は過失によりこれを製作し、その結果右法益の侵害を発生せしめた場合には、不法行為として、いわゆる製造物責任を負うべきことは原告主張のとおりである。

しかし、本件の場合、本件ベビーガードの目的は前示のとおり乳幼児が危険な場所へ足を踏み入れるのを防ぐことにあって、右ベビーガード内の乳幼児の完全な安全を保障するものでないところ、その構造は別紙第一図面のとおり極めて簡単なものであって、その取扱いも容易で特別の技術や知識を要せず、伸縮自在であって、その使用時において菱型部及びV字型部分を構成すること、右V字型部分の床面からの高さ如何により本件のごとく幼児の頸部をはさむ危険があること、右V字型部分の高さは右ベビーガードの使用幅の広狭とその取付位置の高低によって調整しうることなどは本件ベビーガードの外観上明白に認識することができるところであり、そしてその使用幅の広狭、取付位置の高低は固定されたものでなく利用者の選択にまかされているのであるから、一般の利用者は設置場所、乳幼児の年令、体格等の情況に応じて本件ベビーガードを安全に設置使用することができる(右情況によっては保護者が常に側に居る必要のある場合も考えられる)ものと認めることができる。すなわち、

1  原告らが、亡金仙姫が自ら誤って本件ベビーガードのV字型部分に首をはさんだ(前示のとおりその正確な経過は不明であるが)のは、右V字型部分上端の横幅及びV字型部分の床面からの高さ不足の欠陥にあると主張するが、右指摘の点は、本件ベビーガードの構造上一定の形態が予定されているとはいえ、結局は、専ら、利用者である原告らがこれをどのような場所、間隔の、どの位置、高さに取り付けるかにより決せられるものである。したがって本件ベビーガード自体としては乳幼児用防護柵設置のためのいわば素材にすぎないものというべきであり、その使用にあたっては、製作者たる被告の関与しない利用者の設置工作によって、はじめて現実の使用形態が決せられるものであり、しかも右設置使用につき特別な技術や知識を要しないのであるから、製作者たる被告としては、利用者において対象とされる乳幼児の年令、体格、活動状況、利用目的等諸般の状況に考慮を払い十分な注意のもとに設置工作をなし、安全に利用するものと信頼して、そのもの固有の性能(即ち、素材としての耐久力等一般利用者の容易に気付き得ない内在的危険等)に注意を払えば足りるものというべきところ、この点に関するいわゆる欠陥は認められない。

2  更に、このようなものの製作、販売にあたり、進んで、設置使用時に考慮されるべき注意を表示することが好ましいとはいえ、本件ベビーガードの設置使用方法は千差万別であるところ、その設置使用につき一般の利用者が容易に気付き得ない危険が内在するものと認めるに至らず、したがってかかる注意表示をしなかったことをもって製作者たる被告の過失というに該らないものというべきである。

以上を要するに、

原告らがその欠陥と主張する本件ベビーガードの各部の寸法は、前記のとおり、最終的には専ら利用者たる原告らにおいて決するものであり、他に、取り付け前の本件ベビーガード自体の固有の性能に欠陥があったと認めるに足る証拠はない。

また、前示本件ベビーガードの構造及び事故の状況等に徴しても、本件ベビーガードの設置使用にあたり、利用者たる原告らにおいて対象とされる乳幼児の年令、体格、活動状況、利用目的等諸般の状況に考慮を払い、このような事故を回避することが容易でなかったとは、必らずしも認め難く、設置使用にあたって事故発生の危険を予見するために特殊的技術ないし専門的知識を要したと認めるに足る証拠もない。

よって、前一、二項判示の事実をもってしては、いまだ、本件ベビーガードの構造に欠陥があり、これを看過して製作、販売した被告に過失があると認めるは難く、他に原告ら主張の被告の責任を認めるに足る証拠はない。

四  以上の次第で、原告らの請求はその余の判断をするまでもなく理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 朴木俊彦 田中恭介)

〈以下省略〉

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